八通目 番犬わんわん

相対性理論のいちばんあたらしいアルバムをききました。さいこう。やくしまるえつこの声、さいこう。耳からはいってきたやくしまるえつこの声に、からだじゅうの細胞がよろこぶのがわかる。たぶん、花咲か爺さんのまいた灰でおもわず咲いてしまった花たちってこんな気分だったとおもう。はー、一度でいいからライブできいてみたい。でも大勢のひとがいるところでは、なんだか聴きたくない。やくしまるえつこの声はできればいつもひとりきりでききたい。それくらいプライベートで、ひそやかなたのしみになりつつある歌声ってなんなのだろう。おそらく、やくしまるえつこの歌声をきいているあいだの意識が、内へ内へとむかっていくので、こんな風におもうのかもしれない。やくしまるえつこの歌をきいていると、わたしの意識にひそむこどものわたし、インナーチャイルドてやつ?それと歌声から形成されるおんなのこが、なかよく「ごっこあそび」や「あやとり」をはじめるようなきもちになる。ティカ・αのかく歌詞が色恋ばかりじゃないのがきっとおおきい。ことばあそび、音、声。それらのすべてが一瞬にしてわたしを遠い場所に連れ去り、なんともいえない意識のなかを泳がせる。ま、ひとことで言うとやっぱりさいこう。それにつきる。